
民主改革の会に入るも、身内からも拒否されているご存じYN氏だ。政党の名称もころころ変わるから、もう何が何だかわからない。与党との連立を自ら逸脱した公明党と組んで「中道改革連合」を作るも、有権者に「選挙対策の為の野合政党だろう!」とバレて、大ハズレで党の危機を招いた御大将。これからどうなるんだろう?と思い命式を見てみました。
1980年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業。「傷官正財格」は安倍元総理と似ている所もある。経済には明るい方なんでしょう。たぶん。
1985年に松下政経塾を1期生として卒業し、家庭教師、都市ガスの点検員、私設教育相談所長、青年政治機構副幹事長を経て、1987年千葉県議会議員選挙に立候補、各新聞社の選挙予想では「YNは独自の戦い」と泡沫候補扱いだったが、当時最年少の29歳で当選する。千葉県議は2期務める。
時柱は不明でここにどんな変通星が来るかはわからないが、大運印綬、偏印帝旺で多くの支持を集めたのだろう。
2011年08月29日、「民主党代表選挙」で菅直人首相の後継代表を決める代表選挙を行った結果、5候補が立候補したが、いずれも過半数に達せず、YN財務相、と海江田万里経済産業相による決選投票となり、YN氏が選出された。同年09月02日にYN政権が発足した。この時の大運が傷官養、流年が印綬で、弱い印綬ながらも傷官の欠点を押さえ悪くは無い時期だ。
YN総理大臣の在任期間は2011年9月2日から2012年12月26日までの約1年3ヶ月。YN内閣の支持率は、解散直前に20%を下回るなど、非常に低迷していた。自民党や公明党からも解散を求める圧力が有った。この時期は流年「比肩」の時期で「解散」「退陣」に歿する期間だ。
「中道改革連合」の結成届出日は2026年(令和8年)1月16日だが、この時期は2025年で看る。大運比肩で流年が傷官の良くない時期だ。焦りも有ったのだろう。焦ると判断ミスも多くなる。月柱と同じ星がダブる。併臨だ。まったくエネルギーもない。こんな時期に何をやっているのか?
これに政治生命をかけるとまで言っていたのに、民主改革の会にしゃあしゃあと入る面の皮の厚さに身内からも拒否する意見が出ている。大運比肩で、流年はぶつかる偏財だ~。羊刃の子を刺激する午も出ているし~。どうなんだろう~。あっ、でも来年から大運が印綬だぁ。しぶとく生き残るのかな。



