四柱推命占い クリエーション

四柱推命の教範をしている「四柱推命占い クリエーション」の中村 誠一と申します。鑑定例や占いの情報などをお伝えします。

祝  雅子様お誕生日

昨日9日は雅子様満52歳のお誕生日でした。ブログに載せるのは畏れ多く、お叱りを受けるかもしれませんが、日干は違えど月柱偏印、年柱正官は小生と同じ星、お気持ちがわかりそうなので、失礼を承知で書かせていただきました。
1963年12月9日、本籍地は新潟県村上市本町、小和田家の長女として東京都港区の虎の門病院にて誕生。日干丙戌は自分の本音を明かさない秘密主義的なところがあります。孤独性があり、孤高の人となってしまう傾向があります。人生に苦労と波風が多い星です。宗教や先祖のことに、何かと縁があります。また、経済観念が確りしています。
月柱は偏印、年柱正官は優秀な知識や能力を社会で発揮する官印両全の命で、生時不明ですが、五行図では財星が有りません。どうしても家庭に収まるよりも、バリバリ外で仕事をしているほうが向いていたでしょう。おそらく皇室に入ることは、ご本人にとってはたいへんなことだったと思われます。皇太子徳仁親王とのご結婚の時期は、1993年6月9日、めでたく皇太子妃となられたのですが、このときの大運は敗財沐浴です。(この年の流年は正官で夫が現れるという意味ですが)今までのご自分の進路を諦め、大意に任せる辛さもあったかも知れません。
それ以前の大運の流れをみると、数え年18歳までは学問を意味する印星が出ているので、確りと勉強をなさったことでしょう。1981年、ハイスクールを卒業する。ハーバード大学に入学されています。このときの大運は海外を意味する比肩でした。
37歳から45歳までの大運は食神です。食神は吉星で子供が授かったり、本来良い事が多い時期です。しかし、雅子様の月柱偏印は食神を壊してしまいます。1999年に流産されたそうですが、このときは大運が食神に変わり倒食となった初めの年です。2001年流年に強い正財建禄が出てきたので、倒食が解除され、5月15日にご懐妊が正式に発表され、同年12月1日に第一女子・愛子内親王が誕生されました。ご結婚から8年余りでの第一子誕生でした。
2004年5月、徳仁親王が訪欧を前にした記者会見で「雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と発言。海外育ちで国際派と見られていた雅子妃と、伝統と慣習に厳格な宮内庁との間で不和があることをうかがわせ、 同年6月、適応障害の診断を受け病気療養に入られます。このときの大運食神、流年偏印は、月柱偏印とも重なりダブル倒食となります。ままならない時期でコントロール不能です。ご病気の期間が長いこと、お子様が生まれにくかったこと等を考えると、時柱に食神があり四柱上に、もともと倒食があるのかもしれません。
2010年3月以降、学校内に問題を抱えた愛子内親王を気遣って登下校に付き添われたことが報道されました。大運傷官でご本人にとっては辛い時期が続きます。今年12月9日は満52歳のお誕生日で、「快復に向けての努力を続けていきたい」と述べられたそうです。一日も早いご回復をお祈り申し上げます。
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